アマゾンはなぜ今さらリアル書店をつくるのか?
アメリカの読書風景①
単なる1書店のオープンではない。これはリテールの改革だ
もちろんジェフ・ベゾスもその目的をいっさい語らない。そこで経済関連の各メディアが推察した例をいくつか挙げてみよう。
1)「商品を持ってレジに並ぶ手間を省く方法を実験している」という説。実際に、シアトルにできたアマゾン経営のコンビニ(今のところアマゾン社員限定のテスト段階)では、専用アプリをダウンロードしたプライム会員なら、欲しい品物をそのまま持って店外に出ればいいシステムになっている。一方で、ネット販売でまだ未開拓の分野に「グローサリー」がある。いくら寸法や写真をウェブページに載せてもダメで、食材は消費者は実際に手に取ってから買いたい商品だからだ。アマゾン書店が本を置いているのは、アマゾン・コムが最初にネットで扱ったのが本だったのと同じで、いずれは他の商品に広げていく「先駆け」に過ぎないのかもしれないというのだ。
2)「アマゾン製のIT商品を見て触れるショーケースとして機能している」という説。アマゾン以外の店でも売っている商品を、近所の店で実際に見て確かめてからアマゾンで注文するという「ショーケース化」現象がある。だが、アマゾンでしか売ってない商品にはそのショーケースがない。だから「キンドル」だけでなく、TV番組のストリーミングサービスを提供する「ファイヤーTV」、天気やスケジュールの質問に答えたり、ネットで注文や予約を代行してくれるAI「アレクサ」を搭載した一連の「エコー」製品を消費者にお披露目するスペースとして作っているのだという説。実際にアマゾン書店の床面積の2割はこういったアマゾン製品のディスプレイに割かれている。
3)「客に商品を取りに来てもらう仕組みを作ろうとしている」という説。日本でもアマゾンの注文をさばく宅配業社が撤退したり、ブラック企業化しているが、アメリカ本国でも同様の事情がある。そこでアマゾンは無人ドローンの開発や、輸送船や輸送航空機の買収にも余念がない訳だが、「アマゾン書店」というリテールのアウトレットを兼ねた実店舗で「宅配ポスト」を作ると配達のロジスティックがどうなるかを調べているのだという。
いずれにしても、アマゾンは単に本を売る従来の書店をオープンしているのではなく、リテールそのもののイノベーションに取り組んでいることがわかる。であるが故に、先月末に催された米出版業界の最大コンベンションである「ブック・エキスポ」では、ついに誰の口からもアマゾン書店の話題は出なかった。たとえこれから全国津々浦々にアマゾン書店が何百店もできたとしても、彼らは無関心であり続けるだろう。
アメリカではもう誰も、アマゾン書店がこれ以上増えたら他の本屋さんが潰れてしまうなどとは思っていない。出版社の人間も、書店経営者も、そんなことはとっくに承知しているから無関心なのだ。彼らは、一度焼け野原になった書籍販売という荒野を生き抜いて、新しい芽吹きを育てることに忙しい。アマゾンの試みに震撼すべきは、まだ殿様商売をしている他のリテール業の方なのだと知っているから。